石と水の物語(No40 )〜国指定史跡 『宇治川太閤堤跡』
太閤堤は、豊臣秀吉が伏見城を築城するときに、物資輸送の運搬水路を確保するために、宇治川と巨椋池を分離させるために築いた石積みの堤防である。宇治川はそれまで宇治橋下流から分流して北西方に流れ、巨椋池に合流していたが、北方に流れる流路にまとめられ、伏見城下に導かれた。護岸遺構は400m以上にわたる。
Updated Date : 2026-08-31 20:38:49
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杭止め護岸(復元)の説明
OpenMatome
太閤堤
34.89767756978934
135.80388715021402
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17
34.89767756978934,135.80388715021402,0,0,0
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